モーゼル - mauser schnellfeuer

わたしはあの価値観に魂を売り渡した――高揚に身を任せていた、その先に何があるのか考えもしなかった、とルーファスはこめかみに人差し指を押し当てて言う。それがピストルだということがソラにはわかる。ルーファスの人差し指が揺らぎ、鈍色の細い銃身にとって変わり、また人差し指に戻っていくのが彼女には見える。それはルーファスがかつて手にしていた古い型のピストルで、四角い弾倉には先端が尖ったライフル弾が十発入る。ルーファスの心は素早い死を望んでいるが、その身体はルーファスの気持ちなどおかまいなしに、病に負けずに生きようとしている。死ねばなにもかもが終わるとルーファスは言う。だが、長い間、殺し屋として人の死に触れてきたソラは知っている。死は終わりではない。終われる訳がない。それがソラの知っている真実だ。見えなくなり、聞こえなくなり、味わえなくなり、何も感じなくなり、すべてが胡散霧消する。人の想像する死とは、精々こういった類の代物だ。瞬く間の機能不全、目覚めない大切な人。しかし、それは終わりではない。それほど、この現実は甘くはない。死は無を提供してはくれない。見えなくなったとしても、触れられなくなったとしても、上も下もなくなったとしても、この場所が消滅するまではありつづけなくてはならないのだ。わたしを殺してくれないか、とルーファスは言う。ソラはル―ファスの幻の鈍色の銃に包まれた手を取り、頬を寄せ、目を閉じる。溶け合った体温にあっけなく銃身は打ち消されてしまう。あなたは死を知らないのよ。ソラは強い眸を向け、男に告げる。戦いなさい。魂を売り渡したのなら、今から取り戻しなさい。わたしには抜け殻を殺す趣味はないの。あなたが失うに価する魂を取り戻したら、また依頼の話をしましょう。男は頷き、静かに泣きはじめる。ソラは彼の髪を撫で、幻が去った手にハンカチを握らせる。友人にしてやれることはここまでだ。あとはルーファスの仕事である。



03_09_2006
mauser schnellfeuer:モーゼル・シュネルホイヤー(連射型)。M712のこと。


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